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2018'08.21 (Tue)

15つまるところの

ドーモ。リョナレス=サン。・・・

・・・

以下、駄文。
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【More・・・】




宿命

このジャンルも、最近ではそれなりに栄え始め、
他のニッチなジャンル程ではないけど、調べればそれなり、
深掘りして、ネットの闇をくまなく照らせば、必ず、何かしらの「答え」が見つかる・・・
そんな、ミンナの知らないリョナの世界

詳細
日時:2018年8月22日未明くらい

昔と今とで、だいぶ環境変わったんだなって。それでも調べれば黎明期のブツが必ず上位にヒットするあたり、まだまだ「飢えてる」界隈だなぁ、っと。
さて、私がこの性癖に踏み入れたのは、恐らく幼少期だろう。
あの時は、ゲームのやられシーン系で、
あの時は、興奮、というよりか幼少の頃はそんな高等な感情を自覚しないものなので、
興味」というものに、かなり近い感情でした。これこーなったらどー成るんだろうかって。
その時って、変身ヒロインものとか、結構な覇権を握ってた時代でもあったので、ヒロイン常勝なんすよ。多少の困難あれど。
で、昔の私は思うわけですよ。「あの時脱出に失敗したらどーなったか」とか、「あの攻撃もろに食らったらどーなったか」とか。
ゲームに強い関心を寄せたのも、「失敗」を自分で作り出せたから、なのでしょう。でも、幼少期の私はゲームできなかったですけど。怖くて。

そこから児、つまるとこ中後期に入る直前までは、そのような感情は倫理力によって完全に収まっており、
「あー若気の至りだな」と、年不相応にもそう思ったわけです。
ですが、ある事件どもが、私を襲うんですよ。

・人に呼ばれ、車道に出、理不尽に轢かれそうになる
↑いや、これはむしろ私の周囲の不注意が招いたもので、正確には理不尽でもなんともないんですけど。
・竹槍でやられた仕返しにとヤンチャにも竹槍を持ち走るも、出会い頭の別の他人にぶつかり、ぶつかっただけなのに「竹槍攻撃した」と保護者に理不尽に殴られる
↑割とこれ。似たような事象、近辺のRTにて。
・下級生女子に、理不尽に軽いリンチを受けた後、ドアのレールに指を挟まれ怪我をする
↑女子とか完全にたまたまのやつ。でもこれの「お陰で」ぼくは音ゲーがへたくそなままなんだろう。
・上記含めた「理不尽な被害」の数々を、短期間で立て続けに受けた
↑自分でも処理しきれなかったパターンってやつ。

そんな日々を過ごしてきた私ですので、少なからずひねくれていたんでしょうね。
ここらへんから「救いのない」を悟り始らのでしょう。ヒーローヒロインものに対する歪な解釈をし始めたのはこの頃が一番強かったのかも知れません。
そして昔の作品を読み返す。どれもハッピーエンド。
でも世の中はそうじゃない。そうじゃないからこそ、作品の中では綺麗だという、その大前提をかつての自分は見誤っていました。

まーそれも時が全てを解決し、中高~今。
リョナというジャンルの存在を見つけてしまったのでした・・・。
あの時は寄生ジョーカーとかハナカンムリだったでしょうか。いずれも、いわゆる黎明期の作品ですが、
今でも、その手の人達には必ず通る道として確立しています。特にハナカンムリは、デフォルメが・・・という点では他に例を見ない奇跡の作品でしょう。
・・・と、作品紹介(いつもの)は程々に、そんなこんなで年齢相応になったのを良いことに、日々、それらを探すことに明け暮れたこともありました。
今思い返せば、あの時は供給が絶望的だったんだなぁ、などと。

そんな中、彼女と出会ったんですよね。あの星の。
当時はただの音楽とパズルとゲーム好き、ってだけで知り合ったのですが、あの出会いがなければ、私、本気で今生きてるか定かではなかったでしょう。

2012

今、
そもそも、自分の欲を満たす出会いが少なかったので、別のジャンルで飢えを満たしていた時期でした。
その中でもハナ○とか、RRとか、カクレンボとか、光るモノはあるわけで。
そんな中遂に商用作品で少女が理不尽な死を遂げる死にゲーが2本+α出る。
しかしながら、ハナカンを超える作品はまだ見えず、いや、自分の知らないどこかで実は存在しているのかも知れない。
兎にも角にも、新たなるそういうのが「欲しかった」んですよね。
10年待っても、発掘できないのであれば、しょうがまい自分でどうにかするか、と。
いや、ゲームなんて、そんな大それたものなんて、作れないけどさ。

いまいま
その手の人間でない限り、時間は成約されている。
ここで今一度、自分の性癖を見直し、自分の持てる武器を探し、磨き、
この救いのない世の中に一死をもって報いてやりたい。
そんな歪んだ感情を満足させるには、これしか無いと。
これは自分なりの、長年考えた中での、一つの結論なんだろうな、っと。



つまるところ

私なりの表現指向というのは、
正義が勝つという固定概念にとらわれず、かつ「不当な敗北」の理不尽さ、やるせなさ、それを正とし、他人や真実から目を背ける現実問題に無力な様を、
できる限りかわいく、かわいそうに描くか、というところに集約されている。
その指向に、最も適したのがリョナだった、っと、それだけ単純な理由だったのかもしれない。
でも、そういう人、少なからずいると思う。少なくともメンヘラというジャンルを見てきた私にとっては、それな。
そして、そんな軽い面構えでこの界隈に入るのも、決して私だけでは無いと思う。現に、リョナラーと呼ばれる、一体幾つの個体が、「現実のそのような」描画を見て快く思うか、だ。
再度整理しておくと、私は、そもそも理不尽な扱いを受けるのは、私自身良しとしていない。でも受ける。このような悔しくもどうしようもない現実をただただ、表現したいだけなのかもしれない。
動機づけ以上。

そう、昔から今に、私なりに変わったリョナの意味としては、
必ずしも、猟奇的な表現に必ず興奮するとか、そのようなプロセスは通らなくても良い。
・・・と感じる「ライトな」層の人まで巻き込んで行った事だろうか。(「ソフト」とは言ってない)
だが、ケモノとかそういう所と比較し、そういう考えを持ったとしてこの界隈に入ったとしても、それを咎める人は最早いないだろう。(やってはいけない対象のマクロ化)
他者に寛容、または関与しない、創作の基礎とも言える定石を会得した者だけが立ち入る領域だ。めいわくを掛けない範囲で思い切り暴れられる。
それが、今の、リョナワールドなのだろうって。そう思いつつ締めくくろうと思う。
現実でやっては、絶対、だめだぞ。

その弱った手を、助けに差し伸べるのは、最早誰もいないのか?それとも・・・・・・



創作しようにも創作スキルがないもどかしさを、かれこれ十数年生き、
もはや他人へ関与するような興味も薄れた私は、無駄に穏やかになり、
この狭い多種多様なリョナ界隈における立ち回りに、自然と順応する形となりました。
要は「否定すること」へのバカバカしさを説いているんですけどね、これ。
それだけ、マジで、表現の方法が多すぎる。それは全世界の料理並に。
万人に受け入れられるソフトな味わいのものもあれば、一部の人が好むハードな味のものまで。
1つ種類を上げても、好き嫌いあれば、受け付けないレベルのものもあります。
本当の自分の好きを突き詰めるなら、それなりに労力を要します。時には、その嗜好に近い人と交流を余儀なくされることもあるでしょう。
しかしながら、最終的にリョナの自分の落とし所を決めるのは自分自身だし、
最適な表現解を得ようとするのであれば、自分で創作するのが最もな近道である、っと、いうことにもなります。

・・・今まで無駄熱入れて書いててあれなんですが、
自分の納得するところまで研究する、という観点においては、
全てのアクションにおいて対応できる考え方ですよね?

リョナは人生。
そんな綺麗なオチでは済まされない闇ですが、入ってみると案外そうでもないですよ?
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