FC2ブログ

2018'01.03 (Wed)

2017年 こんな出来事がありました(抜粋)

2016年ほどではないけどまとめるよ。
web拍手 by FC2

【More・・・】





どっか書き損じあるかもですが、気にしないで。
2017年は、「そんな、駆け足の年だった」という事でここはひとつ(←



他人というのは「他人」であって、
それ以上の関係を結ぶ事は、決して良いものではないということ。




さて、2017年、その一年前(2016年)の自分からすれば、「何の取り留めのない1年」としていましたが、
過ごしてみればどっこい、過去、そして未来への自分のターニングポイントとなってしまった1年でした。


どんな1年だった?
おおよそここで完結している
寧ろ前半戦の時点でコールド。方向性は定まってしまったというわけでした。

後半戦は、お察しの通り、ここでの執筆を(ほぼ)全スルーしていました。
じゃあ何してたかというと、自分の、内なる部分の改革でした。それも含めて、2017年とはどういう年だったかを振り返りたいと思います。


何かと「周年」が関わる1年だった
ブログ開設から10年、初音ミク誕生から10年、ステラ誕生から5年、「フィナレス」という名前で此処に在り続けてから15年etc・・・、
2017年は、そうしてみてみると「節目の1年」だったんだということに気付かされます。
今までの無意識の行動の中で、自分が本当にやるべき事、自分が本当にやりたかった事、そして、自分が自分を見失わない立ち回りなど・・・この期をきっかけに考え直す、調度良い時期だったかなと。
ここまで節目が重なると、これは最早ただの偶然ではなく、自分に与えられた「転機」なのだと。


でっけーミクさんのぬいぐるみと、北海道旅行と、今年の漢字と
さて2017年の漢字一文字は「北」でした。
これは紛れもなく3度にも渡る北海道遠征の賜物の他ないでしょう異論は認めない。
いや、東北の北かもしれない・・・と一瞬思ったが、少なくとも今年を象徴するには色々と足りない。
恐らく一番大きいのは初音ミク関係でしょうが。これに関するあれこれは確か2017年8月にまとめた気がするのでここでは再度言及しません。
まあ、なんかすごい波が「来た」とも、地味にかかってるんでしょうね、これ。


ロゼたそから見るダークサイド事情
そもそも、人目多数触れられるところで、退廃的な作品を公開すれば、普通、あまり良い目で見られないんですよね。
ただでさえまだハードルの高い動画制作で、かつこの「ダークサイド」と呼ばれるジャンルが好感的に受け止められるのは、本当に本当に一握り。
認識欲求のためにこれを作成した日には、炎上と常に隣り合わせの日常を送る必要がある、そう感じられました。
で、それを上手く万人向けに落とし込められた稀有な例として、ロゼたそ✕きりたんでつくられた「東北きりたんは 古城の夢をミル」シリーズでしょう。
今までは割と遠い存在だったVOICEROID(と、東北三姉妹)と自分との距離を、大きく近づけることとなった切欠の作品でした。

で、感化されたわけではないけど、自分があげた動画としてポッ拳動画があるわけですが。(これもそのうち制作話とかも落とし込んでいきたい)
1つのリスペクト要素として、本編では「ぐえー」を必ず入れるという事をしています。きりたんはぐえーかわいい。

話はそれましたが、2016年までの私の粗行を見れば解ると思いますが、自分の嗜好は、かなり痛い(物理的・精神的に)方に偏っているようです。ていうか偏ってる。
2017年こそ、それは落ち着いていましたが、それは恐らく(いや恐らくでもないけど)あの少女のおかげ。
でも、やっぱ悪行はしていたんですよね。色々心当たりがあると思いますが、それは皆様のご想像におまかせします。
ダークサイドに踏み切る度胸と、覚悟というもの。
そのうちお前そういうの作るんやろ?と言われそうですが、作るとは断言してません。
そもそも、作るための「世界観」を形成してないし、その世界観を形成するほどの「事前知識」もまだまだです。
作るにしても、それに万が一何かもの言われた時に対する手段を持って無くダークサイドに没頭するのも勢いは認めますが計画性無いと思います。
そのためにも、まずは東北三姉妹+音街ウナの公式の世界、二次創作の世界、その情勢を、もう少しきちんと計り知る必要があると思います。この日記帳に落とし込める位には。


制作サイド事情
ステラというキャラをそろそろどうにかしないとという節はある。
そして、実は、(明示的に公開してないですが)2キャラで運用しようとしていた節が在りました。しかも何年も前から。
自身の整合性が整ってきたら、ここらへんの公開も行っていきたいところ。
スピカとか言う名前がついていたような、そうでもないような・・・・・・


2018年以降の予測
これは間違いなく(
そしてここで、
自分が、オフィシャルな場面で辛いことや、失敗が許されない重役を任されたとして、それが趣味の重荷になっても、
たいてい、趣味の友達を頼っても、せいぜい愚痴を聞くくらいしか出来ないでしょう。
更には、オフィシャルの出来事が原因で、以降その人達との付き合いは全く無くなる、なんて事もあり得るでしょう。
でも、それはそれだ、と私は思っております。仕方がないことだと思います。
所詮、他人は友達、親友であっても他人であって、更に行ってしまえば、家族だったとしても他人は他人だと思います。

私はかつて、「家族は他人じゃない」と教え込まれました。そしてその「家族論」は、年とともに拡張され、
「家族のように共有する人も、また家族」という考え方も持っていました。しかしこれは間違いだということに気が付かされたのは、ここ最近の話です。
逆説的になりますが、こんな一例があります。
家族のように他人と付き合ってると、自分本来のプライベートな空間との境界線がだんだん甘くなり、
いつの日にか、その境界線の認識違いによって大きな衝突が生まれます。
それを体現したのは、私のかつての体験談になるでしょう。他人の家に上がり込んだが故に自分の守るべき領域の認識を誤った、良い反面教師だったと思います。
もう一つの例として、家族のように付き合ってると、いつしか依存関係が生まれる事になる、ということ。
依存そのものに悪はないと思ってます。問題なのは人間が自然と身に着けている様々な感情に起因します。
SNSに於ける「エロ画像を良いねすると他人にバレるからいいねしない話」が、結構当てはまるんじゃないかと思います。
これアレすね、他者に対する「プライド」ですね。他者に対する誇りは時として自分の行動を大きく抑制します。
そしてその抑制は上手く働いてる時は良いのですが、過剰に効いてしまい身動きが取れなくなり、自分が本来やりたいとしているプライベートな嗜好を丸められる、という事がしばしば起こるでしょう。
ただでさえ色々抑制されてる世の中に、さらに自分に縛りプレイを採用するなんてとんだドMのすることだなー、と。
何がいいたいかって言うと、(居ないと思うけど)私に必要以上のリソースを割かないでくださいということ。
私は私で、勝手にやってますし、他人への見返りも、基本求めてないし、逆に自分から他者に供給することも無いでしょう。
それが、今までの行動から振り返った時の、自分の取りうる最高の他者との付き合い方かな、と。
(恩とはまた別ですよ。と念のため。恩知らずとはまた別次元の問題なので・・・・・・)

あと、2018年、普通に生活ができるかの保証も無いと思うんですよね。
地震ないしは戦争、それに準ずる様々な社会的事象。
そんな時、必要以上に他人に縛られ続けていたら・・・もう自分のやりたいことなんてできないよね、って。
少なくとも、平和な時代は近いうちに終止符を打たれるでしょう。しかも突然に。
平和が突然終了した時に、逞しく生き残るには?しぶとく生を続ける事になるとしたら?
その時に自分が「支え」になるのは何か?
今一度、それについてよく考えると良いんじゃないでしょうか?
どうしようもない、救いようのない世の中で展開されるダークサイドほど、現実味を帯びて説得力があって、表現に困ることも無いんじゃないかと。
結局失敗は輪廻する。
本当、自分はネジ曲がっている人間だ。それでいて10年もここを続けるほどの「執念」がある。



2018年、私は東北(秋田)へ向かいます。
謎の締めくくりに終わるのも、この日記帳の醍醐味。





たまにはクソみたいな記事書くの、いいすね。良い情報のデブリだ。
こうでもしないと、文章を書く習慣が戻らない。
次はまともな記事が書けるといいなぁ・・・・・・
23:59  |  行事  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

Comment

コメントを投稿する


 管理者だけに表示  (非公開コメント投稿可能)

▲TOP

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://finatennis.blog36.fc2.com/tb.php/1778-0b4ee372

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック

▲TOP

 | HOME |