フィナステラ海洋日記
これが君の望んでいる「海洋-ニッキ-」
ぷよクエ で 暮らす事
タグ詐称?これで良いのだ・・・・・・

今までさまざまなキャラと出会い、旅してきました。
中には、「上位互換の○○でおk」とも言われ、悩まされました。

それでも、「私はこれが好きだから」と言える。それを信念として生きてきました。
果たしてそんな、「やや非効率的なものに認知してもらう」事に意味などあったのだろうか?

そういえばミューガンの時も、プレーの動機が「猫と兎が」という理由でしたが。
結果としては失敗してしまったんですよね・・・・・・



以下、唐突な追記伏せ。
前略の脈絡のなさは、つまるところのブラフですね。
そうです。本日付でネタバレな内容を含んでいる(?)ので注意されたし的なあれです。



副題:これね、めぐねえもう死んでるんですよ・・・・・・

こんな日記帳を読んでくださってる人の中で、どれだけこれの元ネタ(双方で)を観てるかは知りませんが。
私も正直、現在進行形でなんで観てるんだろう?って思ってたりはします。がっこうぐらし!。はい。

ただ、今回、第6話で、なんとなくですが、私の生きる糧となり得る「何か」を摘み取れた気がします。
「生きている」という状態って、なんだろうか。
今回はとりわけ、こじつけのようにみえますが、ゲーム内のキャラに焦点を当てたとしよう。
コンテンツの終了が、当該キャラの死だと定義した場合、そこでしか登場し得ないキャラは、そのデータベースの中に外部から閉じ込められ、風化し、やがて存在を認識されなくなる。
パッケージや、有名人クラスになったキャラであればまだしも、所謂ソシャゲに分類される物の中でしか登場しなかった人やモノは、認知度という観点からしても、そのゲームに属している人しか、知らないだろう。

そんな、ソシャゲのサービス終了、という現実を目の当たりにした時、
私は、その中に閉じ込められたセーブデータ(キャラ)をどうすれば良いのか?
どう行動してけば、一番自分なりに無難な結論に落とし込めるか?

それでも、私は、まるで「生きてるかのように」振舞う、そんな気がします。
まるで、ゆきが佐倉先生にしてやってる、それのように、っだ。

そのためにも、このような「他の、生活を脅かす存在から、極力隔離された場所」が必要で、まさしくここなのだろうと。そうだここが学園生活部なんだ!



・・・


半ば強引な結論が付いてしまいましたが、それはまだこの物語が途中だからそうなんでしょう。
遅かれ早かれ、生きる者には必ず死が訪れるんだよな~。そんな時、「生きている」って思ってくれる人の存在は大事だよな~。
そうだ、そういえばソシャゲが終わった時、今までの遊んだ記録はどうなるのだろうか。

そんな事を考えながらアニメを見ていた、その成れの果てがこんな記事になりました。
考えすぎ




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