2014'01.24 (Fri)

冗談とか

自分が普段、口にしている言葉で
「師匠」という言葉がある。
その原義を追ってみると、自分、この言葉を少し軽く使っていないか?
そう思ってしまう時があります。
師範でも師匠でもなんでもいいんですけど・・・

深く考えずに、自分が何を持って使ってるのか?ってのを考えれば良いと思いました。
ざっくり言えば、「あだ名」として使ってる説が濃厚なんじゃないかって。
あまり深い意味を付けず、日常で話してても違和感を感じないレベルでの。
だって、街中でHNを呼び合うのって、今でも何かおかしいとさえ思ってしまうから。

とは言っても、師弟関係ってのは、何かをする上での非常に深いつながり、という原義を無視するわけにもいかないので、
そろそろそれ以外の「あだ名」も検討しないといけないのかな?とは思ってしまうんですがね。
やはり自分、これを軽率に使っている感はある。少し調べただけでも宗教ぐるみとか生死まで問われる・・・とまで書いてある部分もあるし。

でも、その名前や意味で圧倒されるのでなく、
単純に、その信頼関係、信じあう素晴らしい関係は、やはり今の世の中見習うべきなんだろうと思いました。
ちょっと古風で、すこし堅いイメージのある「師匠・弟子」という言葉ですが、
そんな言葉の中には、忘れてしまいがちな、感謝の意味合いも含まれてるんだな、っと。

らしくないことを書きましたが、うーんなんでしょうかこのまとまりのない文章、
そして、この書ききれないモヤモヤした感情は。
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Comment

あだ名は親近感を感じるとは言いますが、自分もオフ会とかで何だかんだでネッ友相手にはHNで呼んでますけど、何となく何処か抵抗が僕もあるんですよね。
でも本名とかで呼ぼうとするとそれはそれで(う~ん)って思ったりはするんですけど・・・

長年その人特有のあだ名を使ってると何故そういう風に呼ぶようになったのかを忘れてしまいがちではあるのですが、思い起こしてみると感慨深いものがあったり、ね。

たまーにそういうのを思い起こしてみるのも良いかなとも思います。

d(^ー^*)
くくれ | 2014年01月26日(日) 21:32 | URL | コメント編集

コメントありがとうございます。

一番なのは、お互いが呼んでも違和感が無いものなのかもしれません。
難しい話題ではありますが・・・

てはっ
フィナレス | 2014年01月29日(水) 17:07 | URL | コメント編集

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