2017'05.12 (Fri)

自由宇宙遊泳の代償

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他人の創作を見て嫉妬を持つ理由はさまざまだ。

技術的に自分が到底成し得ない事を当然のように、しかも変に、へりくだって言ってきたり。
絵を描けるのは大したことが無いと言ったり。
自分の嗜好に合った書き手に限って性格が・・・とか(自分が)感じたり。(これに関してはまた別の問題があるのだが)

細々と書けばきりが無いが、そのような感情に一つの解を与えるとすれば、
「自分の本当にやりたい事が視えてないから」だと思う。



例えば、描画は、究極の自給自足だという人がいる。これはもっともだと思う。
この界隈において、自分の思い描いたものが表現できるということは、下手すればそこで精神的に満足、収束するからである。
おそらくまだ見ぬ世界の中で、ミオンちゃんやロゼちゃんの絵が点在するのは明らかで、それらは、個々の満足のために描かれ、拡散はされない。
それがもやもやするなら、自分でミオンちゃんやロゼちゃん描けよ、って話になる。
そもそもそれができるのなら、このような話にならない。

もっとのびのびと創作できないものか。
そう、疑問を投げるこの頃である。



(リョナのグレードについて)
さて話は変わるが、この件について、主に2つあるとか勝手に思い込んでたり。
所謂「ソフト」なのか「ハード」なのかである。
前者は、単純な「ちょっかい」から始まり、暴力的には、まず損傷を伴わないもの。エロに至ればノーマルで収まるもの。
一方、後者は、人体破損などダメージが大きいものや、暴力的にもエロ的にも、真の意味で人を選ぶ表現が頻発する。
はっきり言って、直視できない。おそらく現実化したら吐き気を催すこと間違いなし。

そう考えるとですよ?
別に私は血を見るのが好きじゃ無いのだろう。
単にかわいい女の子が苦しむのが好きなだけなのだろう(クズ)
そう思った時、ハード系に走ったのは、思い切り勇み足だったなぁと、過去を振り返りそう思ったのであった。
いや、結果として「出るもの」が出るのは仕方ないと思うよ?だって痛いんだもの。血の一滴や二的でない方がおかしい。
ただ、それって必ずしも血でなくても良いのでは?と思うのだ。(今回の本題)
そう、「リョナじゃ無いが流血のある創作」を見て思った事だった。

ハイブリッド、って何だ?
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